2016年

8月

14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

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2016年

8月

13日

高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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2016年

8月

06日

みかん

0 コメント

2016年

8月

02日

奥只見銀山平の空気が好きだ

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2016年

8月

02日

風がときおり吹くが降ってこない。暑い

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8月

14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
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8月

13日

高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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みかん

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02日

奥只見銀山平の空気が好きだ

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8月

02日

風がときおり吹くが降ってこない。暑い

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2016年

5月

26日

ジェラシックか

0 コメント

2016年

4月

01日

オートバイと砂利道

おはようございます
こんな写真が

新しもの好きな父はモガと呼ぶほどスマートではなかったようだが、けっこうオシャレで一見はミフネ、それなりにブイブイいわせたものらしい。オートバイ好きで、これは陸王かな。ラビットスクーターの200ccスーパーフローで二輪は卒業したが赤いインディアンやハーレーにも乗っていた。或る日、店先で横倒しになった陸王を母が、よっこらしょと立てたシーンを覚えている。なんせ車重が200キロ超、移動しようとスタンドを外した途端倒れてしまったのだ。よく立てたのを店内奥の通路の所定位置まで移動していた。家の前は未舗装で砂利と言うか踏みしめられた固い土道。アスファルト舗装になったのは何年ものち。知り合いの白バイ乗り警察官と競り合い、ぶっちぎって勝って仕舞には罰金処分なんてこともあった時代です

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2015年

1月

28日

思い立ってキャンプ 1/25

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2014年

11月

23日

ベッドの上の夏休み

 

「入院した/ベッドの上の夏休み」

小児病棟入り口で撮られた6センチ角ほどの、印画紙も貴重品だったのだろう密着焼きの小さなモノクローム写真。セピアを越してクリーム色に変色している。小学1年の夏休みに入院した時の写真なので60年も以前のものだ(1953年)。ここ宇都宮国立病院は元陸軍病院だった。衛生兵だった父の駐屯地であり、父と同期の看護婦だった人がこの国立病院の婦長さんになっていた関係で特別臨時に夏休み中だけということで入院させてもらったのだ。改めて写真を見ると並んでいる皆はお揃いの白い寝間着だが、私は格子柄のネルの寝間着姿である。特別臨時でありますからね。おや、夏なのに股引を穿いている。私は小1だから7歳か、皆は私より年長で中学生もいて、隣りに座っているのが3年生だったかタロちゃん。そして後方に高い煙突を備えた煉瓦造りの大きな建物が見える。焼却炉である。

    ☆

病気がちでコホコホと変な咳をしながら背を丸めて歩く息子を心配して、近所の医院に新型レントゲンが導入されたのを機に受診させたら、初期の小児結核が発見された。投薬で治療できる程度の病状だったが忙しさに感けて病気に気づかなかったことを両親は嘆き、すぐに行動する。入院手続きをし、父が宇都宮の叔父から車を借り、取って返して生家がある佐野から宇都宮まで50キロほどの行程か、ゆっくり進む。途中の河原で「おしっこ」「あ、トンボがたくさん!」などと当人は気楽なものだが、両親の心中は如何なものだったか。昼前に病院に到着し、医師やナースに挨拶し廊下の両側に並ぶ6畳ほどの病室に荷をほどく。入り口にはドアはなくカーテンが揺れており、窓際にベッドと小さな机があった。しばしすると父母は仕事もあるので「また来るからね」と帰って行った。よく晴れていたのが夕方になって一転、空が暗転、間もなく栃木名物のドンガラガッシャンの雷雨となる。ベッド上にうずくまり強風と稲光と時折の至近への落雷を見ていた。窓外近くに植えられた大型の向日葵が雷のストロボに暗闇で浮き上がりゴツゴツと窓ガラスを叩く。漸う心細くなりグッスン。

 

 

2016年

8月

14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
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13日

高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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06日

みかん

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奥只見銀山平の空気が好きだ

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風がときおり吹くが降ってこない。暑い

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5月

26日

ジェラシックか

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4月

01日

オートバイと砂利道

おはようございます
こんな写真が

新しもの好きな父はモガと呼ぶほどスマートではなかったようだが、けっこうオシャレで一見はミフネ、それなりにブイブイいわせたものらしい。オートバイ好きで、これは陸王かな。ラビットスクーターの200ccスーパーフローで二輪は卒業したが赤いインディアンやハーレーにも乗っていた。或る日、店先で横倒しになった陸王を母が、よっこらしょと立てたシーンを覚えている。なんせ車重が200キロ超、移動しようとスタンドを外した途端倒れてしまったのだ。よく立てたのを店内奥の通路の所定位置まで移動していた。家の前は未舗装で砂利と言うか踏みしめられた固い土道。アスファルト舗装になったのは何年ものち。知り合いの白バイ乗り警察官と競り合い、ぶっちぎって勝って仕舞には罰金処分なんてこともあった時代です

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28日

思い立ってキャンプ 1/25

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11月

23日

ベッドの上の夏休み

 

「入院した/ベッドの上の夏休み」

小児病棟入り口で撮られた6センチ角ほどの、印画紙も貴重品だったのだろう密着焼きの小さなモノクローム写真。セピアを越してクリーム色に変色している。小学1年の夏休みに入院した時の写真なので60年も以前のものだ(1953年)。ここ宇都宮国立病院は元陸軍病院だった。衛生兵だった父の駐屯地であり、父と同期の看護婦だった人がこの国立病院の婦長さんになっていた関係で特別臨時に夏休み中だけということで入院させてもらったのだ。改めて写真を見ると並んでいる皆はお揃いの白い寝間着だが、私は格子柄のネルの寝間着姿である。特別臨時でありますからね。おや、夏なのに股引を穿いている。私は小1だから7歳か、皆は私より年長で中学生もいて、隣りに座っているのが3年生だったかタロちゃん。そして後方に高い煙突を備えた煉瓦造りの大きな建物が見える。焼却炉である。

    ☆

病気がちでコホコホと変な咳をしながら背を丸めて歩く息子を心配して、近所の医院に新型レントゲンが導入されたのを機に受診させたら、初期の小児結核が発見された。投薬で治療できる程度の病状だったが忙しさに感けて病気に気づかなかったことを両親は嘆き、すぐに行動する。入院手続きをし、父が宇都宮の叔父から車を借り、取って返して生家がある佐野から宇都宮まで50キロほどの行程か、ゆっくり進む。途中の河原で「おしっこ」「あ、トンボがたくさん!」などと当人は気楽なものだが、両親の心中は如何なものだったか。昼前に病院に到着し、医師やナースに挨拶し廊下の両側に並ぶ6畳ほどの病室に荷をほどく。入り口にはドアはなくカーテンが揺れており、窓際にベッドと小さな机があった。しばしすると父母は仕事もあるので「また来るからね」と帰って行った。よく晴れていたのが夕方になって一転、空が暗転、間もなく栃木名物のドンガラガッシャンの雷雨となる。ベッド上にうずくまり強風と稲光と時折の至近への落雷を見ていた。窓外近くに植えられた大型の向日葵が雷のストロボに暗闇で浮き上がりゴツゴツと窓ガラスを叩く。漸う心細くなりグッスン。

 

 

2016年

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14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
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8月

13日

高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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ジェラシックか

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オートバイと砂利道

おはようございます
こんな写真が

新しもの好きな父はモガと呼ぶほどスマートではなかったようだが、けっこうオシャレで一見はミフネ、それなりにブイブイいわせたものらしい。オートバイ好きで、これは陸王かな。ラビットスクーターの200ccスーパーフローで二輪は卒業したが赤いインディアンやハーレーにも乗っていた。或る日、店先で横倒しになった陸王を母が、よっこらしょと立てたシーンを覚えている。なんせ車重が200キロ超、移動しようとスタンドを外した途端倒れてしまったのだ。よく立てたのを店内奥の通路の所定位置まで移動していた。家の前は未舗装で砂利と言うか踏みしめられた固い土道。アスファルト舗装になったのは何年ものち。知り合いの白バイ乗り警察官と競り合い、ぶっちぎって勝って仕舞には罰金処分なんてこともあった時代です

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ベッドの上の夏休み

 

「入院した/ベッドの上の夏休み」

小児病棟入り口で撮られた6センチ角ほどの、印画紙も貴重品だったのだろう密着焼きの小さなモノクローム写真。セピアを越してクリーム色に変色している。小学1年の夏休みに入院した時の写真なので60年も以前のものだ(1953年)。ここ宇都宮国立病院は元陸軍病院だった。衛生兵だった父の駐屯地であり、父と同期の看護婦だった人がこの国立病院の婦長さんになっていた関係で特別臨時に夏休み中だけということで入院させてもらったのだ。改めて写真を見ると並んでいる皆はお揃いの白い寝間着だが、私は格子柄のネルの寝間着姿である。特別臨時でありますからね。おや、夏なのに股引を穿いている。私は小1だから7歳か、皆は私より年長で中学生もいて、隣りに座っているのが3年生だったかタロちゃん。そして後方に高い煙突を備えた煉瓦造りの大きな建物が見える。焼却炉である。

    ☆

病気がちでコホコホと変な咳をしながら背を丸めて歩く息子を心配して、近所の医院に新型レントゲンが導入されたのを機に受診させたら、初期の小児結核が発見された。投薬で治療できる程度の病状だったが忙しさに感けて病気に気づかなかったことを両親は嘆き、すぐに行動する。入院手続きをし、父が宇都宮の叔父から車を借り、取って返して生家がある佐野から宇都宮まで50キロほどの行程か、ゆっくり進む。途中の河原で「おしっこ」「あ、トンボがたくさん!」などと当人は気楽なものだが、両親の心中は如何なものだったか。昼前に病院に到着し、医師やナースに挨拶し廊下の両側に並ぶ6畳ほどの病室に荷をほどく。入り口にはドアはなくカーテンが揺れており、窓際にベッドと小さな机があった。しばしすると父母は仕事もあるので「また来るからね」と帰って行った。よく晴れていたのが夕方になって一転、空が暗転、間もなく栃木名物のドンガラガッシャンの雷雨となる。ベッド上にうずくまり強風と稲光と時折の至近への落雷を見ていた。窓外近くに植えられた大型の向日葵が雷のストロボに暗闇で浮き上がりゴツゴツと窓ガラスを叩く。漸う心細くなりグッスン。

 

 

2016年

8月

14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
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高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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オートバイと砂利道

おはようございます
こんな写真が

新しもの好きな父はモガと呼ぶほどスマートではなかったようだが、けっこうオシャレで一見はミフネ、それなりにブイブイいわせたものらしい。オートバイ好きで、これは陸王かな。ラビットスクーターの200ccスーパーフローで二輪は卒業したが赤いインディアンやハーレーにも乗っていた。或る日、店先で横倒しになった陸王を母が、よっこらしょと立てたシーンを覚えている。なんせ車重が200キロ超、移動しようとスタンドを外した途端倒れてしまったのだ。よく立てたのを店内奥の通路の所定位置まで移動していた。家の前は未舗装で砂利と言うか踏みしめられた固い土道。アスファルト舗装になったのは何年ものち。知り合いの白バイ乗り警察官と競り合い、ぶっちぎって勝って仕舞には罰金処分なんてこともあった時代です

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2015年

1月

28日

思い立ってキャンプ 1/25

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2014年

11月

23日

ベッドの上の夏休み

 

「入院した/ベッドの上の夏休み」

小児病棟入り口で撮られた6センチ角ほどの、印画紙も貴重品だったのだろう密着焼きの小さなモノクローム写真。セピアを越してクリーム色に変色している。小学1年の夏休みに入院した時の写真なので60年も以前のものだ(1953年)。ここ宇都宮国立病院は元陸軍病院だった。衛生兵だった父の駐屯地であり、父と同期の看護婦だった人がこの国立病院の婦長さんになっていた関係で特別臨時に夏休み中だけということで入院させてもらったのだ。改めて写真を見ると並んでいる皆はお揃いの白い寝間着だが、私は格子柄のネルの寝間着姿である。特別臨時でありますからね。おや、夏なのに股引を穿いている。私は小1だから7歳か、皆は私より年長で中学生もいて、隣りに座っているのが3年生だったかタロちゃん。そして後方に高い煙突を備えた煉瓦造りの大きな建物が見える。焼却炉である。

    ☆

病気がちでコホコホと変な咳をしながら背を丸めて歩く息子を心配して、近所の医院に新型レントゲンが導入されたのを機に受診させたら、初期の小児結核が発見された。投薬で治療できる程度の病状だったが忙しさに感けて病気に気づかなかったことを両親は嘆き、すぐに行動する。入院手続きをし、父が宇都宮の叔父から車を借り、取って返して生家がある佐野から宇都宮まで50キロほどの行程か、ゆっくり進む。途中の河原で「おしっこ」「あ、トンボがたくさん!」などと当人は気楽なものだが、両親の心中は如何なものだったか。昼前に病院に到着し、医師やナースに挨拶し廊下の両側に並ぶ6畳ほどの病室に荷をほどく。入り口にはドアはなくカーテンが揺れており、窓際にベッドと小さな机があった。しばしすると父母は仕事もあるので「また来るからね」と帰って行った。よく晴れていたのが夕方になって一転、空が暗転、間もなく栃木名物のドンガラガッシャンの雷雨となる。ベッド上にうずくまり強風と稲光と時折の至近への落雷を見ていた。窓外近くに植えられた大型の向日葵が雷のストロボに暗闇で浮き上がりゴツゴツと窓ガラスを叩く。漸う心細くなりグッスン。

 

 

2016年

8月

14日

キャンプが好き、いろんなテントで星を数えた

焚火が好物でテント泊を愛す。野宿でもいいのだけどね。タープや雨よけシートの下に寝袋でごろりん、数千円の使い捨てみたいなの、大型ロッジ型は重くて建築時間がかかるが住むのにはいい、ワンタッチ型、ベッド型など遍歴してきた。これからは車の荷台に小屋を建てるのもいいなぁ

「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ニーモ」軽量小型、冬期は寒い通気抜群、居心地はなかなか
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「ダンロップ」2室式、ひさしタープ付き、ポールが重い、透明窓にレースのカーテン!
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」細かい箇所までよくできているドーム型、フライ梁の設置に手間取る
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「コールマン」2室、ひさしタープ付き、ポール重く設置に手間取る、すこし窮屈な感じ
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
「ヨーレカ」空調良し、室内高2mありボール遊びも出来る、広々と居心地良し設営も楽
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2016年

8月

13日

高三キャンプ

右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)
右上の白ポロシャツが誰だか、どうしても分からない(千手観音か...)

キャンプ

 

高校3年の夏休みに(お~52年前である)同級生6人で日光方面に2泊3日で出かけた。受験生とて周囲は激勉なれど我々は余裕があるのかないのか、ま、いいやという集団なのであった。

 

佐野から電車に揺られ街を抜け田園地帯から、高原の林を抜け東武日光駅からバスに乗る。ボンネットバスは、いろは坂をよッこら登り、左に見えませんが~華厳の滝ですなどと騒いでいるうちに中禅寺湖、から竜頭ノ滝で下車。千手浜まで山道を荷物担いで、地図を確認すると相当な距離と勾配があったのだな、よう行ったなぁ、若かったのだ、嗚呼ぐすん。で誰もいないプライベートビーチと化した浜で幕営。

 

先輩から借りたキャンバス製のA型テント、キスリングと同色のくすんだ黄色。旧式の底抜けのグランドシート必要なタイプ。隙間から虫が入ってくるのです。千手はなだらかな砂浜で人影もなし、薮から砂浜を割って流れくる沢水も透明清涼で申し分無し、風もなし天気晴朗。高校生だからサントリーレッドなんかも飲まないよ、水割りなんかしないよ…………..。

 

流木も豊富だったので焚火がよかったなぁ。よた話しをしてた皆が火を見つめると無口になる。言葉よりも炎のほうが饒舌なのだ。翌日、私も含め何人かは泳いだけれど、渚からドン深で低水温、日が差し込んでいるので湖底まで見通せ山椒魚が群れ居り「気持ち悪い~」と、唇青くして間もなく上陸。(後日、帰宅して知ったが其処で遭難した人があったようだ)

 

 

翌日は白根山に登頂。光徳キャンプ場で幕営。牧場が隣接なので、ちと家畜臭いのだが、ま、いいや。テントから水場まで距離があるのだが小さな容器しかない。絵描きの息子が笑いながら水を汲んで来た。、タップンタップン、おい、それコンドームじゃないか。

 

近所の家族連れのテントに妙齢の御嬢がおり、またぞろ絵描きの息子がアタック。わしら缶詰め有るも缶きりがなかったので、彼が借りに行き、御礼に缶詰めをシェアすることで、あちらの親御の覚え目出たく夜中まで帰って来なかったようだ、彼のその後の顛末は知らない。私ら焚火に専念してたもの。

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2016年

8月

06日

みかん

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2016年

8月

02日

奥只見銀山平の空気が好きだ

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2016年

8月

02日

風がときおり吹くが降ってこない。暑い

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2016年

5月

26日

ジェラシックか

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2016年

4月

01日

オートバイと砂利道

おはようございます
こんな写真が

新しもの好きな父はモガと呼ぶほどスマートではなかったようだが、けっこうオシャレで一見はミフネ、それなりにブイブイいわせたものらしい。オートバイ好きで、これは陸王かな。ラビットスクーターの200ccスーパーフローで二輪は卒業したが赤いインディアンやハーレーにも乗っていた。或る日、店先で横倒しになった陸王を母が、よっこらしょと立てたシーンを覚えている。なんせ車重が200キロ超、移動しようとスタンドを外した途端倒れてしまったのだ。よく立てたのを店内奥の通路の所定位置まで移動していた。家の前は未舗装で砂利と言うか踏みしめられた固い土道。アスファルト舗装になったのは何年ものち。知り合いの白バイ乗り警察官と競り合い、ぶっちぎって勝って仕舞には罰金処分なんてこともあった時代です

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2015年

1月

28日

思い立ってキャンプ 1/25

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2014年

11月

23日

ベッドの上の夏休み

 

「入院した/ベッドの上の夏休み」

小児病棟入り口で撮られた6センチ角ほどの、印画紙も貴重品だったのだろう密着焼きの小さなモノクローム写真。セピアを越してクリーム色に変色している。小学1年の夏休みに入院した時の写真なので60年も以前のものだ(1953年)。ここ宇都宮国立病院は元陸軍病院だった。衛生兵だった父の駐屯地であり、父と同期の看護婦だった人がこの国立病院の婦長さんになっていた関係で特別臨時に夏休み中だけということで入院させてもらったのだ。改めて写真を見ると並んでいる皆はお揃いの白い寝間着だが、私は格子柄のネルの寝間着姿である。特別臨時でありますからね。おや、夏なのに股引を穿いている。私は小1だから7歳か、皆は私より年長で中学生もいて、隣りに座っているのが3年生だったかタロちゃん。そして後方に高い煙突を備えた煉瓦造りの大きな建物が見える。焼却炉である。

    ☆

病気がちでコホコホと変な咳をしながら背を丸めて歩く息子を心配して、近所の医院に新型レントゲンが導入されたのを機に受診させたら、初期の小児結核が発見された。投薬で治療できる程度の病状だったが忙しさに感けて病気に気づかなかったことを両親は嘆き、すぐに行動する。入院手続きをし、父が宇都宮の叔父から車を借り、取って返して生家がある佐野から宇都宮まで50キロほどの行程か、ゆっくり進む。途中の河原で「おしっこ」「あ、トンボがたくさん!」などと当人は気楽なものだが、両親の心中は如何なものだったか。昼前に病院に到着し、医師やナースに挨拶し廊下の両側に並ぶ6畳ほどの病室に荷をほどく。入り口にはドアはなくカーテンが揺れており、窓際にベッドと小さな机があった。しばしすると父母は仕事もあるので「また来るからね」と帰って行った。よく晴れていたのが夕方になって一転、空が暗転、間もなく栃木名物のドンガラガッシャンの雷雨となる。ベッド上にうずくまり強風と稲光と時折の至近への落雷を見ていた。窓外近くに植えられた大型の向日葵が雷のストロボに暗闇で浮き上がりゴツゴツと窓ガラスを叩く。漸う心細くなりグッスン。

 

 

「スケルトン賃貸住宅」

集合住宅で構造や本体空間のみ賃貸し

内装調度などは入居者の私有とするものなのである

外装もか(乞願失礼)

5/14 この国のかたち

国民の喉元にナイフを突き付けて、何をしようと言うのか、この政府は。夏の電力需要期を乗り切るためと称して、計画停電を出してきた。北海道、関西、四国、九州で実施すると言う。関電管内では企業の節電を法律で義務付ける「電力使用制限令」まで検討する。以上、僕が先日予言した通りの展開。原発再稼働に反対する急先鋒、大阪などを狙い撃ちしている。大飯原発が再稼働すれば見直す、と言う点、実にわかりやすい脅しの手口だ。
しかし、本当に計画停電まで必要だという証明はどこにもない。思い出してほしい。昨年3月、政府・東電は有無を言わせず計画停電を実施した。震災のどさくさに紛れて実施、国民に大迷惑をかけたわけだが、あの計画停電は必要だったのか。そうではあるまい。「予防停電」「過剰停電」だった。そして国民に余計な負担を強いた無謀な政策の責任を、誰かとったのだろうか。誰もとってはいない。原発を何がなんでも再稼働させたいがために、ここまで乱暴なことをする。見方を変えれば、相当に追い詰められていると言うことだろう。見苦しい!!(石川秀樹氏/文)

『あそべや』

メンコが

ゲームに代わっただけ